なぜ東京で「マルチリンガル演劇」?

このプロジェクトは私、伊藤さやか(マルチリンガル演劇実行委員会 事務局)が、パリに本部を置く演劇集団Instant MIX theatre labの芸術監督をつとめるAnne Bérélowitchと出会ったことから始まります。

「なんで舞台上ではフランス語だけなの?」

パリに住むAnneは、「それが不自然に思えて仕方ない」と言っていました。
パリは世界有数の多民族都市。

街には 様々な言語がとびかっているのに、劇場でフランス語以外の台詞を聴くことは、未だ、まれです。

私が舞台芸術を学んだロンドンも”人種のるつぼ”と言われる大都市で、世界中から才能ある俳優が集まってきていましたが、「なまりが気になる」などの理由でほとんどの俳優が活躍の場を見出せずにいました。たとえ英語を完璧にマスターした俳優であっても、母国語で話す時にこそ、本来の魅力を見せるもの。そしてもちろん、それぞれの言語自体がもつ魅力も無視できません。どの国の言葉も、それぞれの長い歴史を秘めて美しく、それ自体が芸術です。

いろんな言語が縦横無尽に飛びかう演劇

初めてマルチリンガル演劇を観る方は、たいてい、まず戸惑ってしまうようです。私がマルチリンガル演劇を初めて見学した時も、リハーサル室のあちこちから聞こえてくる様々な言語に圧倒され、ついつい隅っこで膝を抱えて小さくなってしまいました。その時の作品は、

「“GLOBAL WARMING and how we (don’t) respond to it”

地球温暖化~そし て私たちはどう動いたか(もしくは、どう目をそむけたか)~」

Middlesex University内でのリハーサルの様子

英語、フランス語、セルビア語、ポルトガル 語、ポーランド語、スペイン語が縦横無尽に飛び交うリハーサル室で、パフォーマーとクリエイターが共に「地球温暖化」について考え、文化や主義の違いからぶつかったり、誤解したり、発見したり、笑ったり。聞こえてくる言葉の多くが理解できなかったにも関わらず、すっかり夢中になってしまいました。それは、互いの違いを超えて演劇を作るための生のドラマ、その創作過程そのものが作品でした。親切な演出家のおかげで、私もそのプロジェクトに参加させてもらうことができ、 7日間の創作期間の中で民族的・文化的多様性の難しさと面白さを体感しました。そして私たちが最初に迎えた観客は、公立小学校の生徒たち。まさにロンドンの縮図のような多民族の小学生集団は、自分の母国語や興味のある言語が聞こえるたびに顔をほころばせ、目を輝かせ、地球温暖化という決して易しくはないテーマだったのにも関わらず、文字通り身を乗り出し て楽しんでくれました。大人の観客を対象にした回では、分からない言語が飛び交うことが快適 ではないのか、いつも最初のパートは反応が今ひとつ。しかし大人達だって15分もして観客が多言語にさらされることに慣れてくると、新しい体験をする時の高揚感や集中力を見せてくれるのです。

 

 

“GLOBAL WARMING and how we (don't) respond to it”  地球温暖化~そして私たちはどう動いたか(もしくは、どう目をそむけたか)〜

 

 

マルチリンガル演劇で出来ること

以下は私自身が実感したことであり、またマルチリンガル演劇の特色として提唱されている点でもあります。 

1、自分と違う人や文化を受け入れ、違いを楽しむためのトレーニングになる 

2、自分が誰かと違うことに対する恐怖心を軽減し、自尊心を育むことができる 

 

3、異文化に触れることで、自分の持つ文化をより明確に理解することができる

 

4、英語やフランス語が公用語の実社会とは違い、稽古場ではどの言語も対等に扱われる為、

言語や文化に対し無意識に優劣をつける思考の癖を改善できる

 

5、言葉がわかることによって「わかった気になる」状態を脱出し、本質にせまる洞察力、 想像力を養うトレーニングになる 

 

6、言語や異文化に対する好奇心がわく

 

7、感情と体を使って他言語に触れることで、効果的な外国語学習ができる

 

マルチリンガル演劇実行委員会 ワークショップ

言葉や文化のちがいは”壁”じゃなく、楽しむもの


マルチリンガル演劇は、多言語をあやつる俳優だけのものではありません。演劇や外国語とは縁のなかった方達や、多言語・多文化に馴染みのない方達にこそ、楽しんでいただきたいと思っています。実際、マルチリンガル演劇のワークショップは、地元の人々が異文化交流を楽しみ、もっと国際的に活躍できるようにする為のトレーニングとしても行われています。私は、自分とは違う言葉を話す隣人を持てあまし気味な今の東京(私の住む豊島区も例外ではないようです)で、マルチリンガル演劇をやりたいと思っています。言葉や文化の壁を感じている人にこそ、マルチリンガル演劇を通して民族的・文化的多様性の面白さを体験してもらいたいんです。また、不安から日本の外に出られずにいる日本の優秀な人材が、参加者もしくは観客としてマルチリンガル演劇を体験することで、より広い世界に挑戦したい気持ちが盛り上がるのではないかとも期待しています。 

「同じであること」を大切にしてきた日本社会に、自分と違うこと、多様性のあることを楽しむマルチリンガル演劇をどう受け入れてもらうか。もともと多民族都市であるパリやロンドンでマルチリンガル演劇を発展させるのとは、また少し違うアプローチが必要かもしれません。日本での試みは、マルチリンガル演劇のエキスパート達にとっても挑戦になりそうです。そしてもちろん、マルチリンガル演劇を日本でやろうと決めた我々マルチリンガル演劇実行委員会にとっても、これは非常に大きな挑戦。実行委員会のメンバーの多くは、今も外国から来た人に話しかけられるとドキドキしてしまいます。私も未だ、自分とは文化の違うコラボレーター達とのやり取りの中で慌てたり落ち込んだりしてばかり…けれど、多文化・多民族化していく街とともに、変わろう、変えていこうと決めました。そして、その手段として、みんなで「ちがいを楽しむ」マルチリンガル演劇を始めたんです。 

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